第12話「レプリカ」 @百物語2011本編
著:御闇内 ◆1.vBi/ONCQ
僕の母は、15才の時に上京し、そのまま知り合いの美容院で働くことになりました。
高度成長期に乗りかけの、まだまだ貧しい時代でした。
お客さんの中には、戦争から帰還した“Sさん”という方がいて、皆から“兵隊さん”とよばれていました。
Sさんは、お店に来る時はいつも有名な羊羹など、珍しいお土産に持って来てくれて、母が喜ぶ顔を嬉しそうに見ていたそうです。
ある時、お店の皆さんで、T山に登りにいくことになりました。母もとても楽しみにいきました。
しかし山の入り口に入る時に、目の前の光景に動けなくなったそうです。
そこには包帯をグルグル巻きにした兵士が何十人と座り込み、割れたドンブリを膝元に置いていました。
右腕のない兵士の隣にいたのは、いつもニコニコと羊羹を持って来てくれるSさんでした。
一瞬、目が合った気がしましたが、母はすぐに顔を見られないように頭を垂れてその場を離れました。
一緒に来たお店の人達は、気付いてないようにしているのもわかりました。
(兵隊さんは、どんな思いであそこに座っていただろう、と思うと胸が苦しくて仕方なくなるの。)
(肩より低く頭を垂れながら乞うたお金で、自分の食べる物も買わず高い羊羹やお団子を買って、、、私は何も知らずに私は喜んでたの。)
母は、山登りもお参りの時も涙がぽろぽろと止まらなかったそうです。
それから三年後の夏、優しい兵隊さんは亡くなりました。
あのT山で見かけてから一度だけ店に来て、母に受けとってほしいものがあるのと言ったそうです。
その時に渡されたのが、人の頭部の彫り物で、学校の美術室に飾ってあるようなものでした。
母の記憶では、大きさは大人の拳くらいだったそうです。
「これは本物を真似して作ったんだよ」
Sさんは、少し笑ってそれだけしか言いませんでした。
母には、その価値はわかりませんでした。
ですが初めてもらう珍しくてきれいなものがとてもうれしくて、箪笥の上に飾って毎日やわらかい布で拭いていたそうです。
しばらくして、他の住み込みの人から
「うす暗い時に、あの頭が話してるみたいに口が動いて見える」と言われるようになりました。
母は、いたずらでそんな話が出てるんだ、くらいにしか思っていませんでした。
その朝、母はいつも通り住み込みの家を掃除していました。
そしてあの彫り物の前を拭いていたところ、突然、なんの前触れもなく「カシャン」という音を立てて、頭部が割れてしまったのです。
咄嗟に手を出した手に尖った破片が刺さり、指先から血が流れました。
母はそれを押さえることも出来ずに割れた頭部を見ていました。
「それ」は
母の血が滴れた、割れた破片の中で
唇がわなわなと動いていました。「ワタシ」と言ってるようでした。
目が合いました。その瞼が震えていました。
「それ」は泣いていたのです。
母は倒れました。意識が遠のく時、耳鳴りがまるで蝉時雨に包まれているようだったと言います。
店の奥さんに揺り起こされて気が付きました。
奥さんは、「サワちゃんどうしたの?!あら怪我してるじゃないの」と驚いてハンカチで母の指を押さえながら
「兵隊さん…Sさんを覚えてる?亡くなったんですって。汽車に轢かれて…」
そして割れた置き物を拾いながら 「頭が割れてたんですって……」
あとから聞いた話では、兵隊さんは狂ったように「待ってくれ」と泣き叫びながら、誰もいない踏切の中に飛びこんでいったそうです。
母は今年の夏も、蝉時雨の鎮まりを待っています。
【完】
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