第35話「追われるモノ、追い詰めるモノ」 @百物語2011本編
著:よもや ◆t7bs99KZl0wn
— 職場の爺様から聞いた話 —
【1/3】
昔、戦争の時。
人は勿論、犬や馬も軍犬、軍馬として徴用されたという。
犬や馬は一箇所に集められ、様々な用途に借り出された。
そんな場所にある、自衛隊の基地にて。
夜な夜な、どこからともなく馬のいななく声が聞こえる。
地面を引っかくようなひづめの音、走る音も。
ある時、夜中の見回り当番に当たった時に、馬の音の怪異に出会った。
正直、ぶるった。
でも、ここでぶるったままじゃ男がすたる。
勇気を振り絞り、懐中電灯を向けると、半透明な白い馬が、
影のごとく走り抜けていった。
追いかけようとしたが、それよりも先に脇から飛び出す影があった。
奴だ。
俺の同室のアホ。どうしようもないアホ。九州男児。
そいつが、奇声を上げながら馬を追っかけた。ちょっと酒臭いw
「待てっ!馬刺し、待てよ、ンダラァ!」
鉄砲玉のような勢いで馬を追い詰めていく九州男児。
奴はもともと足が速かった。俺じゃ追いつけねえ。
廊下は走っちゃいけないしな、真面目に巡回やるべえ。
しばらくして、九州男児がとぼとぼと戻ってきた。
「あいつ、壁ん中消えやがった。ちょうどいいツマミになったのに…」
としょんぼりしている。
俺は、幽霊の馬まで食らおうとしている九州男児が怖いと思った。
が、もっと怖い体験がその後に俺を待っていた。
巡回をちゃんとやらなかったという事で、九州男児の巻き添えで
何故か俺まで外出禁止になったことだ。
普段閉じ込められたような生活をしている隊員にとって、
かけがえのない貴重な外出が禁止になる。これは本気でこたえる。
九州男児は怒った。怒って、「臭いにおいは元から絶つ!」と絶叫し、
何をどうしたか判らんが、最後まで馬を逃げられないように追い詰め、
九州男児が追い詰めた翌日から、馬の幽霊はパッタリと姿を見せなくなった。
それ以来、奴は馬刺しの男、と呼ばれるようになった。
ちなみに、アホはしばらくの間、最初に馬が消えた辺りの壁に
チューブわさびとパック醤油を立てかけて供えていたらしい。
…やっぱり人が一番怖い。
[ 完 ]
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