第38話「体育館の絵」  @百物語2011本編

著:キツネ ◆8yYI5eodys  


153 :代理投稿 ◆96j0kyRRhEF2 :2011/08/20(土) 00:22:58.60 ID:hPkmSRgw0
キツネ ◆8yYI5eodys様

体育館の絵」


【体育館の絵】1/5
あれはまだ小学生だった頃。
当時子供たちの間では学校の怪談がブームで、片田舎の学校の私らも友達とコックリさんを試したり、学校の怖い噂で盛り上がったものでした。
そんな私たちの学校にもお馴染みのトイレの花子さんや目が光るベートーベンの肖像画に混じって、とある怖い噂がありました。


———体育館の絵。


それは体育館の壁に掛けられた高さ2mほどの大きさで、
真ん中に赤ん坊を抱いた母親、その両脇に男の子と女の子がそれぞれ木の椅子に座っている構図の西洋画でした。

話によると郷土出身の画家が学校に寄贈した物とか。

それで肝心の噂と言いますのが、

やれ絵の中の母親の首が少しずつ長くなっているだの、
絵の中の少年が膝元で組んだ手にバレーボールが当たって以来、手の組み方がバレーのアンダーの形になっただの、
夜中、体育館からボールの跳ねる音や走り回る音が聞こえてくるだの……


どうです?いかにも小学生が考えたような怪談話でしょう?


そんな私たちのクラスには好奇心旺盛というか、物好きというか。
その体育館の絵について調べた子がいたんですよね。
きっと、噂の真相を確かめて目立ってやろう、とでも考えたのでしょう。

154 :代理投稿 ◆96j0kyRRhEF2 :2011/08/20(土) 00:23:40.89 ID:hPkmSRgw0
【体育館の絵】2/5
あれは梅雨に入った頃だったと記憶しています。

雨で昼休みに外で遊べなかった私たちは、何人かで定規飛ばしをして遊んでいました。
知ってます?ペンで机の上の定規を飛ばして、相手の定規を弾き飛ばして机から落とすと勝ちって遊び。

当時最強の30cm定規使いだったAくんを倒そうと奮闘していた時、教室の一角にクラスメイトが何人か集まって騒いでいました。
そこは例の絵について調べていた子……Bくんの席。

回転した30cm定規に巻き込まれて負けた私がその輪の中に首を突っ込んでみると、Bくんの机には開いたアルバムが置かれています。
白黒の子供たちが写った、いかにも古ぼけた卒業アルバムの写真。
どうしたの?と尋ねると、Bくんはちょっと強張った顔で1枚の集合写真を指差しました。

いまいち要領を得ない私が首を傾げていると、絵だの、首だの、手だの、周囲のクラスメイトが口々に騒いでいます。

ああ、なるほど!

その集合写真の背景は見覚えのある体育館で、Bくんが指差した先には噂の体育館の絵がバッチリ写っていたんです。
ですが、何かおかしい。
この気持ち悪い感じはなんだろう?

私はハッとしました。
白黒写真の中の体育館の絵。


母親の首は私が知っているものより明らかに短く、
少年の手は両手の指を交互に組んだ形で……バレーのアンダーじゃなかったんですよね。


155 :代理投稿 ◆96j0kyRRhEF2 :2011/08/20(土) 00:24:22.38 ID:hPkmSRgw0
【体育館の絵】3/5
小さな学校の噂って、駆け回るのが速い速い。
次の日には休み時間に学年を問わず別のクラスの子供が押し掛けるわ、アルバムを体育館に持って行って見比べると明らかに違うわで大騒動。
挙句、数日後に体育館の絵は先生たちによって職員室に移される事態にまでなりました。

絵が職員室へ移された翌日のことです。
クラスの美化委員だった私は朝早く学校に来て、クラスの花壇に水をやっていました。
ふと、遠くから響く救急車のサイレンの音。
それが段々と近付いてきて、花壇の近くの裏門から学校に入って来たではありませんか。

慌ててジョウロを捨てて追いかけるとそこは先生方の下足場の近くで、他のクラスの美化委員もちらほら集まっています。
運ばれてきたのは担架に乗せられて目を閉じたままの、他のクラスの先生でした。
そのすぐ後に出て来て、このことは他の生徒に言わないように、と強く私たちに注意した教頭先生の焦った顔が印象的だったことを覚えています。


後で断片的に噂で聞いたのは、
その先生は例の絵が置かれた職員室で遅くまで仕事をしていたこと。
朝早く学校に来た教頭先生が職員室で倒れている先生を発見したこと。

そして……例の絵が急遽、職員室から郷土資料館に移されたこと。
その絵が資料館で保管されたまま、公開されなかったこと。

あの夜、絵が移された職員室で、一体何があったのでしょうか?

156 :代理投稿 ◆96j0kyRRhEF2 :2011/08/20(土) 00:25:03.36 ID:hPkmSRgw0
【体育館の絵】4/5
それから十数年後。
大学を卒業し地元に一時帰省した私は、小学校時代の友人たちと久々に会う機会がありました。
友人たちに連絡を取ってくれたのはあの30cm定規使い、Aくん。
立派な町役場の職員に成長したAくんは郷土資料館に勤務しており、資料館内の喫茶室に集まろうってことになりました。
少しは資料館に金を落とせ、と電話で本音がボソッと漏れたのには笑いましたね。

その日、資料館の前にぞろぞろと懐かしい顔が集まり、入館料を払って入ったところで……私は唖然としました。



そこにあったのは、あの絵。



よう、と手を挙げて館内現れたAくんが私たちの様子を見て、一言。

「ああ、これやっぱり短くなってるよな……首」

そう、母親の首は記憶にある絵より短く、ついでに少年の手がバレーのアンダーじゃなくなっていたんです。


157 :代理投稿 ◆96j0kyRRhEF2 :2011/08/20(土) 00:25:44.92 ID:hPkmSRgw0
【体育館の絵】5/5
その後喫茶室で今どんな仕事してる、誰だれが結婚した、なんて一頻り地元トークで盛り上がった後、Aくんは「あの絵を描いた人に聞いたんだけどさ」と唐突に切り出し始めました。

Aくんの話を要約すると、
あの絵を描いた画家は戦時中に出征し、その間にご家族を亡くされたのだそうです。
その後、戦地を引き上げた彼が亡くなったご家族の写真をモデルに描き上げたのがあの絵で、せめて満足に勉強したり遊べなかった子供たちのために、と小学校に寄贈されたとのことでした。
また、その画家の方は2年前に亡くなられたのだそうです。

帰り際、ふと私はAくんになんであの絵が資料館で公開されなかったのか尋ねてみました。
するとAくんは、ぽつりと。

「同僚が言うには、何度修理してもすぐボロボロになるんだよね……」

そう言って資料保管室と書かれた不自然に真新しい木製のドアを指差しました。
そして、ドアの異常は2年ほど前にパタリと起こらなくなり、気がついた時には絵が元の姿……かつてBくんが見つけた白黒写真の中の絵のような格好に戻っていたのだそうです。
まるで画家が亡くなった2年前に合わせて、とでも言うように。

今になって思います。
ひょっとするとあの絵の子供たちは体育館で無邪気に遊んでいたんじゃないかと。
母親はご主人と会えるのをずっと待っていたんじゃないか、と。

そう———文字通り首を長くして。


【完】