第10話「深夜の工場」  @百物語2011本編

著:空色 ◆p4Tyoe2BOE  


49 :空色 ◆p4Tyoe2BOE :2011/08/19(金) 21:49:15.31 ID:zf04GSaIO
深夜の工場(1/3)

とある会社の出来事。
その会社は駅までの送迎バスがあった。
それに乗るとかなりの時間をかけて山の中ほどにある会社に着く。
仕事もきついので「逃げられないように送迎がある」と言われていた。
実際、自家用車での通勤は禁止。
近くに社員寮はあったけど、ほとんど入っていない状態だった。次から次へと人がやめていくらしい。
そんな職場の夜勤勤務に入ることになった。
拘束時間は一応八時間なのだが、毎日四時間残業は当たり前。
それが連日続く。
職場は二階と一階があって、私は二階にいた。
二階は着替えのロッカーと休憩室にも近くてラッキーだった。
わずか二十分くらいの休憩。その間に四十人くらいの人がいっぺんにトイレに向かう。一階と休憩室、そして二階にしかない。それぞれ三つくらいしか個室がなくて一階と休憩室のトイレはいつも長蛇の列。
仲良くなった友達と、休憩室のトイレにいつもは行っていたのだけど、その日はたまたま彼女がいなかったので私はロッカーから一番近い二階のトイレに行くことにした。
入ってみると、誰もいない。
他の混み様を知っているだけに気味が悪いながらも中に入って用を足す事に。
中に入った途端、トイレの自動ドアが開く音がした。
誰かの足音がして、隣に誰か入ったのがわかった。
用を足して出て、自然に隣に視線が行くが隣もその隣も空いている。
あれ?と不思議に思いながら、手を洗い乾燥機を使って外に出る。
空いているのが嬉しくて、度々そこを使うことにした。気味が悪いが、利便性を優先することにした。


50 :空色 ◆p4Tyoe2BOE :2011/08/19(金) 21:50:17.74 ID:zf04GSaIO
(2/3)

その日、夜中の二時くらいだったと思う。
仕事中に急に腹痛になって一人抜け出して一番近い二階のトイレに入った。
誰もいないことに慣れていたから、当たり前になっていた。
しかし個室に入ると誰かが入ってくるのがわかった。
そのまま隣の個室のドアが閉まる音がした。
用を終えて出ると、隣のドアが閉まっているのが見えた。
私以外に誰か入っているのは初めて、しかも仕事中だ。
人様の様子を伺っているほど変態ではないので、そのまま手を洗い出ようとしたところで閉まっていたドアが開いた。
中には誰もいなかった。
驚いた私の横を足音だけが聞こえて、私の立つ横の洗面台の蛇口が開いた。
水が少しの間流れて、また止まる。
そのままトイレの出入り口のドアが開いて『誰か』は出て行ったらしい。
半ば呆然としながら、私もトイレから出ることにした。
その後も何度か『それ』に遭遇することはあったけど、姿は見えないしなんとなく気のせいだ、と思い込むことにしていた。
何度かそのトイレを使用しているのを見られ、フロア長に帰り際に声をかけられた。
長「二階のトイレ、気持ち悪くない?」
私「そうですね」
確かに嫌な感じはするけど、便利なのには代えられない。
長「あの二階のトイレ、皆使わないの。
幽霊が出るからって」
言われてやっぱりそうなんだ、くらいにしか思わなかった。
今まで遭遇した事もフロア長には一応話してみた。
長「怖くない?」
私「姿見てませんから」
どうやらかなりの人が体験しているせいで、あの二階のトイレは使われなくなったらしい。
気をつけてね、とは言われたが、別に害はないのでそのまま使用することにした。
休憩になり、話の種にと友達と一緒にその二階のトイレに行くことにした。
それぞれ個室に入ったところで、トイレのドアが開く音がした。


51 :空色 ◆p4Tyoe2BOE :2011/08/19(金) 21:52:43.94 ID:zf04GSaIO
(3/3)
その日、私はいつも入っている一番奥のトイレではなくて、『何か』がいつも入っているトイレのさらに隣にいた。
友人には私がいつも使っているトイレを使用してもらった。
誰か入ってくる音に友人が声をかけてくる。
友人「これ?」
私「うん、そう」
友人に答えながら、用を足し終えてドアを開ける。
もしかしたら私達が入ってきたのを見て、他の社員が入ってきたのかもしれない。
下手にいうのも申し訳ないので、手を洗うために洗面台へと向かった。
友人「ねぇ、本当にここでるのかな?」
私「さあね。でも空いているからいいじゃない」
それから友達の声は聞こえなくなった。
おかしいな?と思いながらも、とりあえず怖いだろうからトイレの中で彼女を待つことにした。でもなかなか出てこない。
いい加減痺れを切らせて、彼女を呼ぼうとした時悲鳴が聞こえた。
泣き叫ぶ声と共に、彼女がトイレから飛び出してくる。
私がどうしたのかと聞く前に、彼女はトイレから走り出していく。
それを見送ってから私が彼女のいたトイレを見ると、閉まっているトイレとの壁に黒いものが見えた。
彼女が見たのはそれだろう。閉まっている真ん中のトイレから、『何か』が壁を乗り越えようとしていた。
短い髪の赤いワンピースの女。黒く見えたのは髪の毛だった。
仕事着は白いし、帽子を被っているので絶対に社員ではない。
友人は女の顔を間近でみてしまったらしい。
女は私をチラッと見ると、また閉じられた個室に戻った。
私も手を洗うとそそくさと出ることにした。あの女が出て来る前にと。

あとで友達に聞いたところ、あの女は「いつもと違う」と何度も言っていたらしい。
つまりいつもは私が至近距離で女に見つめられていたんだと思う。
半分潰れた顔で、間近で覗き込まれた友人はすぐさま会社を辞めてしまった。
しばらくの間私はその会社に通っていて、変な物音を聞いたりおかしなことはあったがそのトイレに懲りずに世話になっていた。だがその女は二度と見てない。