第3話「赤いポルシェの女」 @百物語2011本編
著:太魔美 ◆aKQ2SJ2lbM
タイトル「赤いポルシェの女」 1/2
友人のNが危険物取り扱いの資格が欲しくて
嫌々ながらもガソリンスタンドでバイトを始めた。
恥ずかしがり屋のNは大きな声で挨拶するのが苦手だったのだ。
だが資格を取るために我慢することにしたそうである。
Nの働くガソリンスタンドは24時間営業の店だった。
Nの勤務時間は夜9時から翌朝の8時まで。客はそんなに多くはなかった。
ある平日の深夜2時頃、赤いポルシェがスタンドに入ってきた。
車の窓が下がり、キツイ香水の匂いがNの鼻をついた。
「ハイオクで満タン」
厚化粧をし、着物を着た若い女が車の中から吐き捨てるように言った。
Nが車の後方に回り、給油しようとした時、ポルシェの後部座席で何かが光った。
目を凝らすとそれは斧だった。
よく見ると両手に斧を抱え、アイスホッケーのマスクを被った男が
後部座席で丸まっていたのだ。
機転を利かせたNは運転席の女に話かけた。
「お客様、当店ではただいまコーヒーをサービスしています
中に入って是非、お飲みください」
「わたし、コーヒーは嫌いなのよ、それより早くガソリンを入れてよ」
女が無愛想に急かした。
「嫌いでも飲んでもらわないと困るんです。とにかく車から降りて店の中へきてください」
Nは必死に粘った。
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女は眉間にシワを寄せた。
「しつこいわネ、アンタ、頭がオカシいんじゃないの」
つぎに女は何かに気がついたかのように、急に笑い出した。
「なんだアンタ、後部座席に隠れてるヤツが、斧でアタシを殺そうとしてると思ったのね」
Nは一瞬、訳が分からなくなった。
「わたしに気付かれてるとも知らないで、後ろで丸まってるイモ虫野郎のことは気にしなくてイイのよ」
女は優しい口調でNに言った。
給油を済ませた赤いポルシェは、風のように走り去って行ったという。【完】
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