第32話「最上階の物件」 @百物語2011本編
著:宮北 ◆dJNUgCnIng
私は今年の四月に引っ越しをした。
その際、不動産屋の方と話をしていて教えてもらった話。
その不動産屋の方をAさんとする。
Aさんはとあるマンションの最上階をお客さんに紹介した。
そのお客さんは母子家庭の方で、若い母親とその息子(4歳くらい)だった。
母親は最上階で見晴らしが良いにもかかわらず、とても安いのでそこに決めると言った。
Aさんは何故この良い物件がこんなにも安いのか、気になってはいた。
しかし、母親にも尋ねられなかったので調べることもないまま
その後親子にその部屋を貸すことになった。
親子が最上階の部屋に引っ越した次の日の朝、母親から電話がかかってきた。
Aさんが電話に出ると、慌てたような声で
「すみません、あの、お聞きしたいことが…」
と言う。
「どうかなさったんですか」
とAさんが尋ねると、母親は答えた。
「息子が…真っ黒なおじさんが怖いって…。私もそれ、見たんです。
この部屋で何があったんですか」
Aさんはやはり、と思ったそうだ。
本来高い家賃のはずが、安くなっているような物件はだいたいこういった「幽霊物件」か、貸す側に何か特別な理由
(たとえばいっきに部屋が空いたから埋めたい、など)がある場合なのだとか。
Aさんは一度電話を切ってすぐ、そのマンションのオーナーに電話をかけて話を聞いた。
すると、とんでもないことが分かった。
以前、その最上階の部屋には大きな会社の社長の息子が住んでいたらしい。
しかしその男は自分で働かず、衣食住を親に頼って暮らしていた。
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会社もうまくいっていたので、親も特に文句は言わず甘やかしていた。
そのうち男は自分で会社を立ち上げたが、もちろんそんな自堕落な奴が会社をうまく経営できるはずがなかった。
男がつくった会社は潰れ、一緒に会社を立ち上げた仲間にも裏切られて、多額の借金を負った。
男は親に頼ったが、とうとう見放されてしまい、誰も助けてはくれなかった。
そして、お先真っ暗になった男は何を思ったのか、自分の部屋、
つまり例の最上階の部屋で、自分にガソリンをかけて焼身自殺をしたのだそうだ。
部屋には真っ黒に焦げた男が倒れて亡くなっていたという。
後も、きれいにリフォームしたがその部屋を借りた人は皆すぐ出て行ってしまうのだ、とオーナーは語った。
このことを聞いたAさんは、とりあえず親子と会って話をすることにした。
母親は疲れたような顔で何があったのか語ってくれた。
昨晩、引っ越しも無事終わり、もう遅いし片づけは明日にしようと息子と一緒に床についた。
だが、深夜になって息子がうなされる声で目が覚めた。
余りにも苦しそうなので、起こして
「どうしたの」
と尋ねるたところ、息子は怯えた様子で部屋の隅を指さして
「真っ黒なおじさんがこっちをにらんでる。怖い」
と言ったそうだ。
夢でも見たのだろうと、息子を寝かしつけて自分も眠りに落ちたが
母親もうなされてまた目が覚めてしまった。
何とはなしにさっき息子が言っていた部屋の隅に目を向けると、
真っ黒な男がそこに立っていた。
母親は慌てて電気を付け、そちらを見ないようにしながら
最低限の荷物を持って息子を連れて部屋を出たのだそうだ。
親子はその後、別の部屋を借りて住んでいるという。
Aさんはこの話をしてくれた後、あなたも気をつけて下さいよ、と言った。
皆さんも部屋を借りるときは慎重に選んだ方がいいかもしれない。
【終】
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