第42話「一方的な雪合戦」 @百物語2011本編
著:りほ ◆aZ4fR7hJwM
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・一方的な雪合戦
長野でのお話。 夏の時期に申し訳ないのだが、雪庇というものをご存知だろうか?
屋根や木の枝に積もった雪が自重に耐え切らなくなったか、
もしくは何かの弾みでドサッと落ちてくるという物である。
雪と聞けばたわいもないように思えるかもしれないが、
昼の日差しで溶け、夜の寒さで固まるといった循環を繰り返したそれは
もはや雪と言うより氷塊といったものである。
それが音もなく頭上から落ちてくる。
場合によっては木の枝ごと落ちてくるのだから、なかなか恐ろしいものである。
そんな真冬の出来事を一つ。
あれは大学3年の冬。時期で言えば2009年の12月と記憶している。
春夏冬と毎回休暇になると祖父母宅に行っては釣りをしたり、
山小屋の整理、畑(土地)の手入れをしたりして過ごしているのだが、
春や夏に比べると冬は雪のせいでやれることが少なくなるし、釣りも禁猟である。
周りにはスキーや温泉だと楽しみを持つ者もいるのだが、
それらに興味の無い自分には少々退屈な時期だ。
しかし、冬でしか出来ないこともある。それは釣り場の探索だ。
夏には崖下や藪が生い茂り、釣行するのに難儀な場所でも冬の間なら
雪の上を進むことでより行動範囲を広めることも出来る。
雪上を進むのはそれなりにしんどいのだが、
普段は行かない場所で思いもしない良ポイントが発見できれば、
春からの釣りがまた一段と楽しいものになる。
そういう理由から冬の間は新たなポイントを探すべく、沢や森中を探索していた。
そんなある晴れた日、山小屋へ向かう途中にある小さな沢が目についた。
普段通り過ぎる場所であるのだが、もしかしたら奥に行けば良ポイントがあるかもしれない、
道から簡単に入れるので、もし良ければ今後のポイントの一つになるだろうという思いから探索を始めた。
車を降り森の中を歩く。耳の端に僅かに聞こえる水音を頼りに、先ず沢を目指す。
雪上を歩くにあたっては雪庇だけではなく、跳ね返りや天然の落とし穴にも注意しなければならない。
跳ね返りというのは枝に積もった雪の重さで曲がり、しなったまま雪に埋もれている木である。
重しとなって乗っている雪が無くなれば、勢い良く飛び出してくる場合があり、
あたるとちょっと痛い。 また、雪は地面ではなく藪の上に積もっている為、
気をつけなければズボッとはまる事もある。 それらに気をつけつつ、
30分ほど進み沢へ出、そこから沢沿いに上流へ10分ほど歩いた時、
ひらけた場所を見つけることができた。
さて、ここはどうだろうかと吟味している中、何かが頭に当たった。
大きさはゴルフボールくらいだろうか、感触からすると雪。
まぁー、天気も良いし、日差しで解けた雪庇だろうと思ったところにまたポンと頭に当たる。
やれやれと、雪庇が当たったであろう後頭部についた雪を払ってる内にふとおかしなことに気がついた。
雪庇というのは上から落ちてくるはずである。
何故後頭部に当たるんだ?そう考えてる間に今度は右耳付近の側頭部に当たった。
思わず飛んできた方角に目をやる。 …いや、雪庇だと思ったが、
もしかしたら跳ね返りで飛んできた雪かもしれん。
しかしそれならば他にも雪上に飛んできた跡があるはず、
なにより飛ばしたであろう木が直ぐ見つかるはずだ。
だが、周りを見渡してもその様な跡も木も無く、目に付くのは自分の足跡だけである。
必死に理由を考えている間にまた当たる。
流石にムカッときたので、足元の雪を硬く握り、
飛んできた方角へ思いっきし雪球をブン投げてやった。
その瞬間、後頭部にポンではなくゴツッという鈍い衝撃が走る。
氷だろうか、先程よりも一回り大きく、そして硬いやつが当たった。
…もう考えるのは止めだ、帰ろう。 森の中を抜ける途中にもいくつか頭に当たった。
流石に氷ではなく、最初のような雪だまであったが、反応はせずに車に戻り帰宅した。
あんな一方的では勝負にならん。あの沢にはそれ以来行ってないが、
今度はロケット花火でも持っていってやろうかと思う。
【完】
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