第64話「ワープロ室」  @百物語2011本編

著:ゆあ ◆96j0kyRRhEF2  


241 :ゆあ ◆96j0kyRRhEF2 :2011/08/20(土) 02:18:35.45 ID:hPkmSRgw0
ワープロ室

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私が高校生の頃に体験したお話です。夏のはじまり頃だったと思います。
当時、私は演劇部に所属しており、台本の作成を一人でしていました。
兄から貰ったワープロを学校に持ち込み、あれやこれやと話を考えていました。
ワープロを使う時は、図書室へ行ったり、部室へ行ったり、
K先生のパソコン室などを使わせて貰っていました。

放課後、私は部活を抜け、台本を書きに先生のパソコン室に行きました。
その日もこっそり、先生はお茶とお菓子を用意して待っていて下さいました。
私はお茶を飲みながら台本を、先生は授業用のプリントを作っていました。

気づくと、冷房を入れているはずの部屋が少し暑くなっていました。
ドアを見るとあいています。私が来た時、しめたはずなのですが…。

閉めに行こうかと思って席を立とうとした時です。
室内からかすかに話し声が聞こえました。
「先生のところに誰か来てたんだ…集中してて気づかなかったんだな」
私はそう思い、再びワープロに向かいました。

242 :ゆあ ◆96j0kyRRhEF2 :2011/08/20(土) 02:19:16.63 ID:hPkmSRgw0
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5分くらいたったでしょうか、ふとまたドアを見ると今度はしまっていました。

作業する手をとめ、振り返り先生にたずねました。
「先生、どなたか…」
いらっしゃってたんですか?と聞く前に先生の後ろに立つ学生に気づきました。
「あ…すみません。」
私は急いで目をそらし、ワープロに向かいました。
何故なら、その学生が私の事を睨んでいたからです。
あまりにもすさまじい形相をしていたので少し声が震えていたかも知れません。

それなのに先生は私を呼びました。
私は出来るだけ関わりたくないのに…先生は私の名を何度も呼びます。
仕方なくもう一度振り返ろうと、ワープロから目をはなした時でした…。

ドアの前に、先ほどの学生が教室を背にして、
つまり、私たちに背をむけて、ドアぎりぎりのところで立っていました。

異変に気づいたのはその時でした。
何故彼女はドアをあけようとしないのだろう。
何故ドアの真ん前にたったまま、動かないのだろう。

見ちゃいけない…

そう思う気持ちとは裏腹にその彼女から目が離せないでいました。

243 :ゆあ ◆96j0kyRRhEF2 :2011/08/20(土) 02:19:58.27 ID:hPkmSRgw0
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私の視界にネクタイが映りました。顔を上げると先生がいます。
先生は冷房のきいている部屋でひたいに汗をかいていました。
そして、ゆっくりと私に尋ねました。
「おまえ…なにか…みたか?」と。
私は何も言えませんでした。先生が、否定して欲しそうな顔をしてたからです。
私が首を横にふると、先生もうなずきました。
しばしの沈黙の後、「なぁ…」
先生が先に言葉を発しました。
「さっき、俺に話しかけたよな?どうして途中でやめたんだ?」

やはり先生は気づいていなかったようです。何者かが背後にいた事に。
少し悩んでから、私は先生に打ち明けました。
声が聞こえた事、室内に他の生徒がいたような気がした事を。
「やっぱりか…」先生はつぶやくと、私に帰り支度をするように言いました。
どうやら私を家まで送ってくれるようです。
その日は珍しく、私が靴を取りにいくのにもついてきて、
靴を持たせたまま、教員用の下駄箱まで一緒に行き、
そのまま先生の車までとぼとぼと歩いて行きました。
学校からでれて安心したのか、
先生はすっかり普段の「とっつきにくそうな先生の顔」をしていました。
家の前まで送って貰い、先生にお礼を言って家に入りました。

玄関に鍵をして、自分の部屋に荷物をおいて着替えようとしていた時です。
居間から「おかえりなさい…」と声が聞こえました。
おかしいんです。家は私が中学生の時から夜は誰もいないはずなのに。
その時の私に、誰がいるのかを確認する勇気はありませんでした。

【完】