第88話「樹海にて」  @百物語2011本編

著:枯野 ◆BxZntdZHxQ  


310 :枯野 ◆BxZntdZHxQ :2011/08/20(土) 03:58:12.60 ID:E2+qSFyH0
「樹海にて」1/3

従姉の美保が、演劇サークルの親睦会で樹海を散策したと言う。
もう10年近く昔の話でディテールは忘れてしまった様だが、こんな事があったそうだ。

サークルの主宰が「心霊体験をしてみたい」クチで、
メンバーは度々親睦会の名目の心霊スポット巡りに駆り出されていた。
ただ、樹海ツアーは陽気のいい時分の昼間の催行で、
特別な装備もなく遊歩道を散策するだけとの触れ込みだった為、
一行は気楽な観光旅行のつもりで参加したのだと言う。

しかし、やはり行動理念に難のあるサークル主宰だ。
遊歩道を散策する他のグループの姿が見えなくなると、鞄からある物を取り出した。
雑誌などを捨てる時、結束するのに使うビニールの紐である。
これを目印にして、遊歩道から外れた所を歩いてみようと言い出した。
以前にもこの主宰の話を聞いて「馬鹿か」と言った俺は、再び同じ言葉を口にした。
「怒ると思ったw」と美保は笑い、でもちゃんと紐は私が回収したからと付け足した。
今となっては真相は薮の中だが、この辺は美保の良識を信じたいところだ。

それはさておき。
一行は10人弱だったが、主宰に同行して遊歩道を外れたのは3人だった。
主宰直々に指名したひとりと、美保とその友人。
指名された人と美保はこれまでの同じ様な会で怪異に出会っていたので、
主宰はどうしても連れて行きたかったらしい。
もちろん迷子になるのは本意でないので、
遊歩道脇の木に括ったビニール紐を引いて行く。

50メートルも離れると、遊歩道で待つ仲間たちの姿も確認出来なくなり、
100メートルほどで話し声も聴こえなくなった。
白い紐はパッケージに300メートルと書いてあるので、それが切れる前に戻る約束になっている。



311 :枯野 ◆BxZntdZHxQ :2011/08/20(土) 03:59:50.47 ID:E2+qSFyH0
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植生は身近な雑木林と変わらない気がしたが、草はみっしりと密度高く、
木は低い位置からうねりねじれる様に伸びている。
いいとは言えない足場を、4人は踏み分け踏み分け進む。
ただしっとりと濃厚な緑の空気が肺に重く、一行は押し黙った。
何もない。
あるのは緑と、その隙間から覗く高い空だけだ。
無言の一行が歩いたのは、多分20分かそこいらの事だろうと思う。
それが気が遠くなる長い時間のように思えて来た頃、ビニール紐の終点が見えた。

主宰の手元には空っぽになった紐の外装と、白い紐のはじっこ。
何故かそれを持っていた主宰本人がほうと息をついて、笑った。
「戻ろうか 」
一番怖い思いをしたがっていた癖に、彼が一番緊張していたらしい。
主宰が紐を手繰り来た道を戻り始めると、3人もそれに従った。
緊張の糸は切れ、一行は口々に感想を話し始めた。
「なんだか怖かった」「でも意外と空気が綺麗で気持ちいいかも」「観光地だもの 」
…他愛ないやり取りをしつつ、紐の半分ほどを手繰ったところで、
主宰から指名を受けて来ていた人が「あれ」と何かに気付いた。
彼女の視線の先を見ると、地面が少し窪んだ所に草臥れた布の塊があった。
来る時には草むらの影で見えなかったのか、
キャンバス地のバッグが打ち捨てられているようだった。
美保は何の気なしに、視線をそこから上に移動させた。
うねった広葉樹の幹が、美保が手を伸ばしてちょうど届く位の高さで横に張っている。
そしてバッグが落ちている真上辺りの幹の皮が不自然に剥けている。
いやだな、と思った。
でも、何も感じない。
シチュエーションが厭な事を想起させているだけだろう。
「行きましょう」と主宰を促すと、彼はちょっと後ろ髪引かれる顔をしたが、素直に従った。
しかし、全員がその窪みに背を向け歩き出そうとした瞬間。


312 :枯野 ◆BxZntdZHxQ :2011/08/20(土) 04:01:26.94 ID:E2+qSFyH0
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♪ピーピピーリリピーリリー……
レベルが上がった!
いや、ファイナルファンタジーのレベルアップのファンファーレが鳴った。
美保の携帯だった。
遊歩道で待っている仲間だろうと、美保は鞄から携帯を取り出した。
少し遅かったのか、呼び出しは終わっていた。
だが、そこにははっきりと「圏外」の表示がある。
立ち止まり、美保は他の3人にも携帯を出してもらい確認した。
同じキャリアだったのは美保と友人、他の2人はそれぞれ別だった。
そして、主宰の携帯以外は全て圏外。
とりあえず主宰の携帯から待っているメンバーに電話を…と言いながらまた歩き始める。
すると、
♪ピーピーピリリラー……今度は別の携帯が鳴った。
見ると、やはり圏外。
一行は立ち止まらない。少し早足になる。
♪シャラララン…シャララン……また圏外の携帯が鳴っている!
美保は咄嗟に鳴っている携帯をもぎ取り、切れる寸前に通話ボタンを押した。
「もしもし!?」
電話の向こうは、ザーッというノイズが鳴っているだけだった。
ほんの僅かそのノイズが聴こえた後、ブツリと通話は終わった。
訳が分からない。
一行は退路を見誤らない様に、それでも最速で木立を抜けた。

遊歩道に戻り残りのメンバーに訊ねてみると、誰も電話をかけて来てはいなかった。
遊歩道では美保と友人の携帯もアンテナが立っている。
森の中で、圏外だった3個の携帯にだけかかって来た電話は何だったのだろうか。
現在では樹海の中でもかなり携帯が通じるそうだが、
それでは、こんなことはもう起こらないという事だろうか?

【完】