第91話「扉」 @百物語2011本編
著:枯野 ◆BxZntdZHxQ
母方の一番下の従妹が、一時期老人ホームのバイトをしていた。
本人に言わせると「洗濯機を見張る仕事」だったらしい。
要するにホーム内の洗濯物を洗っている部屋で、
機械が止まったりしない様に監視していたと言うことだろうか。
ほんとうに洗濯機の相手をするだけの仕事で、まさに「見張って」いたそうだ。
従妹…仮に桜と呼ぶ。
その日も桜は施設の地下で、洗濯機を見張っていた。
見張りとはいえ洗濯機のある部屋は湿気と熱気があるので、
廊下にあるベンチで、仕上がった洗濯物を畳みながら、時々部屋を覗く。
人気のない廊下にベンチはひとつ、洗濯室の方に体を向けると斜めに腰掛ける事になる。
洗濯室と反対側に斜めを向くと会議室で、今日は使われていない。
洗濯機や乾燥機のうねる音をBGMにただ黙々と洗濯物を畳む。
無我の境地に到達しそうだ。
いつもと変わらない作業……
ドン!ドンドンドンドンドン!!
桜はハッと振り返った。
静寂を破り、確かにドアを叩く音が響いた。
斜め後ろ。
会議室の向かいの部屋のドアが、確かに打ち鳴らされた。
でも、誰もいない。会議室は使われていない、向かいの部屋は使っているのを見た事もない。
それに、自分は朝から洗濯機を見張っている。誰かが階段を下りて来たら前を通る筈だ。
桜は立ち上がり、おそるおそるドアのレバーを引いた。
ガチリ、と鈍い音がしただけで、レバーは動かない。
鍵がかかっている。
誰もいない…いる筈がない。
桜は気のせいだと自分に言い聞かせて、作業に戻った。
暫く勤めた後、事務の口が見つかって桜は他の会社に就職した。
洗濯機の見張りのバイトは結構長く続いたが、その後は不審な物音などはなかったそうだ。
ただ一度だけ、鍵がかかっていた地下の部屋の扉が開いているのを見た。
がらんとした部屋に、祭壇がしつらえられてあった。
おそらく、滅多に使われない霊安室。ならば…
あの時ドアを叩いていたのは誰だったのだろう?
【完】
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