第91話「扉」  @百物語2011本編

著:枯野 ◆BxZntdZHxQ  


318 :枯野 ◆BxZntdZHxQ :2011/08/20(土) 04:08:51.69 ID:E2+qSFyH0
「扉」1/2

母方の一番下の従妹が、一時期老人ホームのバイトをしていた。
本人に言わせると「洗濯機を見張る仕事」だったらしい。
要するにホーム内の洗濯物を洗っている部屋で、
機械が止まったりしない様に監視していたと言うことだろうか。
ほんとうに洗濯機の相手をするだけの仕事で、まさに「見張って」いたそうだ。
従妹…仮に桜と呼ぶ。

その日も桜は施設の地下で、洗濯機を見張っていた。
見張りとはいえ洗濯機のある部屋は湿気と熱気があるので、
廊下にあるベンチで、仕上がった洗濯物を畳みながら、時々部屋を覗く。
人気のない廊下にベンチはひとつ、洗濯室の方に体を向けると斜めに腰掛ける事になる。
洗濯室と反対側に斜めを向くと会議室で、今日は使われていない。
洗濯機や乾燥機のうねる音をBGMにただ黙々と洗濯物を畳む。
無我の境地に到達しそうだ。
いつもと変わらない作業……

ドン!ドンドンドンドンドン!!

桜はハッと振り返った。
静寂を破り、確かにドアを叩く音が響いた。
斜め後ろ。
会議室の向かいの部屋のドアが、確かに打ち鳴らされた。
でも、誰もいない。会議室は使われていない、向かいの部屋は使っているのを見た事もない。
それに、自分は朝から洗濯機を見張っている。誰かが階段を下りて来たら前を通る筈だ。


319 :枯野 ◆BxZntdZHxQ :2011/08/20(土) 04:10:17.06 ID:E2+qSFyH0
2/2

桜は立ち上がり、おそるおそるドアのレバーを引いた。
ガチリ、と鈍い音がしただけで、レバーは動かない。
鍵がかかっている。
誰もいない…いる筈がない。
桜は気のせいだと自分に言い聞かせて、作業に戻った。

暫く勤めた後、事務の口が見つかって桜は他の会社に就職した。
洗濯機の見張りのバイトは結構長く続いたが、その後は不審な物音などはなかったそうだ。
ただ一度だけ、鍵がかかっていた地下の部屋の扉が開いているのを見た。
がらんとした部屋に、祭壇がしつらえられてあった。
おそらく、滅多に使われない霊安室。ならば…
あの時ドアを叩いていたのは誰だったのだろう?

【完】